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砂糖(さとう)とは、甘みを持つ調味料(甘味料)の一種であり、主な成分は糖(おもにショ糖)である。 |
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≪ サトウキビ ≫
サトウキビの茎を細かく砕いて汁を搾り、その汁の不純物を沈殿させて、上澄み液を取り出し、煮詰めて結晶を作る。伝統的な製法では、牡蠣灰に含まれるカルシウム等のミネラル分が電解質となり、コロイドを凝集させる為、牡蠣殻を焼いて粉砕した牡蠣灰を沈殿助剤として加える例もある。煮詰めてできた結晶と結晶にならなかった溶液(糖蜜)の混合物を遠心分離機にかけて粗糖を作る。粗糖の表面を糖蜜で洗った後、さらに遠心分離機にかけて、結晶と糖蜜を分ける。その結晶を温水に溶かし、不純物を取り除き、糖液にする。それを煮詰めて結晶を生じさせ、真空状態のもとで糖液を濃縮する。結晶を成長させた後、再び遠心分離機にかけて、現れた結晶が砂糖となる。 光合成において飽和点が高い為、他の植物よりも多く糖質を生産できる。
なお、2008年現在サトウキビはバイオエタノールの原料でもあるため価格が高騰している
≪テンサイ(サトウダイコン)≫ テンサイの根を千切りにし、温水に浸して、糖分を溶け出させて、その糖液を煮詰め、ろ過して不純物を取り除き、真空状態のもとで糖液を濃縮し、結晶を成長させた後、遠心分離機にかけて、現れた結晶が砂糖となる。
≪ トウカエデ ≫ サトウカエデの幹に穴を穿ち、そこから樹液を採集する。その樹液を煮詰めて濃縮したものがメープルシロップである。更に濃縮を進めて固体状になったものがメープルシュガーである。 |
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≪ 生 産 量 ≫
砂糖の日本国内消費・生産は、1995-2004年度の10年間平均(1995年10月-2005年9月)では、国内総需要は年230万トン(国産36%:輸入64%)、国産量は年83万トン(テンサイ約80%:サトウキビ約20%)である。年毎の動向を見ると、総消費量は減少してきたが下げ止まっている状態である。国産量は微増傾向にあるが、それは主にテンサイ糖の増加によるもので、サトウキビ糖は微減傾向にある。 サトウキビは、主に沖縄県や鹿児島県といった地域で、テンサイは北海道で主に生産される。 |
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≪ 種 類 ≫
- 含蜜糖 - 黒砂糖・白下糖・カソナード(赤砂糖)
- 分蜜糖 - 粗糖 - 精製糖
- 精製糖 - ザラメ糖・車糖・加工糖・液糖
- ザラメ糖 - 白双糖・中双糖・グラニュー糖
- 車糖 - 上白糖・三温糖
- 加工糖 - 角砂糖・氷砂糖・粉砂糖
- その他の砂糖
- 和三盆(含蜜糖の一種)
- メープルシロップ(カエデの樹液を煮詰めたもの)
- 蜂蜜
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≪ 歴 史 ≫ サトウキビの原産地は、南太平洋の島々で、そこから東南アジアを経て、インドに伝わったとされる。紀元前2000年頃にインドで砂糖が使われていたとされ、サトウキビから砂糖を作ったのは、インドが最古とされる。インドの砂糖やサトウキビは、アラビア人によってペルシャ・エジプト・中国などへと伝えられた。英語:sugar と、日本語:satou の頭部は、砂糖をあらわす梵語からきた、語源を同じくする言葉である。 日本には奈良時代に鑑真によって伝えられたとされている。中国においては唐の太宗の時代に西方から精糖技術が伝来された事(それ以前の中国では、砂糖はシロップ状の糖蜜の形で使用されていたといわれている)により、持ち運びが簡便になった事と関係があると言われている。当初は、輸入でしかもたらされない貴重品であり医薬品として扱われていた。一方、中国と冊封関係にあった琉球王国では、1623年に儀間真常が砂糖生産の奨励を始めたとされている。 江戸時代の将軍徳川吉宗が琉球からサトウキビをとりよせ、江戸城内で栽培させ、サトウキビの栽培を奨励した。 ヨーロッパには、11世紀に十字軍が持ち帰り、地中海周辺でサトウキビが栽培されるようになった。 1747年にドイツの化学者アンドレアス・マルクグラーフがテンサイから砂糖と同じ成分をとりだすことに成功した。フランスやドイツでテンサイが栽培されるようになった。ナポレオンがこのテンサイに注目し、製糖業が発達した。
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| 「さつま芋」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2008年11月13日 (木) 13:09 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org |
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